【幻】モーニン・ブルーズ 2016/03/26

mb160326

前TM : ヲーキン・ブルーズ(夜に近いアサー仕様)P.B.B.B.

 

N おはようございます。アサー、ワツシイサヲです。春分も過ぎました。もう昼の方が

 長い、夜明けも早くなります。この時間帯はまだまだ暗いですけれどもね。

  幻モーニン・ブルーズ、今朝はこの1曲からです。皆さん、何か覚えてる事があ

 りませんか。ほら、4年前の今ごろです。

 

M01.I Can Here Music(3’14”)The Ronettes

-P.Spector, J.Barry, E.Greenwich- Rhil Spector Records 88697 612862

 

N 「アイ・キャン・ヒア・ミュージック」、キャン・ユー?、ロネッツ1963年のヒット曲です。日本では

 2年程遅れてシングルになった・・・ならなかったか。ビーチ・ボーイズのカヴァです

 か、チャ—トですこし動いたのは。子供の頃のラジオの想い出です。ロニーの大きく緩

 やかなヴィブラ—トが、なんと魅力的な事でしょうか。

  現モーニン・ブルーズの放送第一曲が、これでした。その何年か前に萩原健太が

 DJだった番組で、第一曲がビーチ・ボーイズの同じ曲だったのにヒントを得て決め

 たのは良かったのですけれど、CDで持っていないというのが前日発覚しまし

 て、当日放送局へ来る前に渋谷のタワーに寄って買って来た盤、ではなかったで

 しょうか。

  黒人三人娘のロネッツと言えば、誰でもフィル・スペクターと来るでしょうが、この歌

 は当時一緒に仕事をしていたジェフ・バリーのプロデュースなんです。この『ヴェリ・

 ベスト・オヴ・ザ・ロネッツ』収録の18曲の中でも唯一の例外です。と言ってもフィル

 が現場に居なかった訳ではないでしょう。あの壁は彼にしか塗れませんから。

  3月4日の放送で映画「レッキング・クルー」についてお話ししました。わたしは

 最終週に滑り込みで観られたのですが、東京では再び鑑賞可能となりました。

 3月26日、今日からですね。初回開始が11時ですから、まだ間に合います。

 月が変わって4月8日まで。上映時間帯が変則ですから、事前にお調べにな

 った方がよろしいでしょう。場所は渋谷のアップリンク。以前出掛けた時は椅子と

 音響に不満が残りましたが、今は改善されてるかな。映画の内容は、もちろ

 んあの素晴らしい「レッキング・クルー」です。わたしも、もう一度観たい。

  先の鑑賞以来、実はまだその余韻がわたしを包んでいまして、何を聞いて

 も映画の場面が浮かんで来てしまう、そんな毎日を過ごしています。さてそ

 の映画の原作というものでもありませんが、「レッキング・クルーのいい仕事 ロック・

 アンド・ロール黄金時代を支えた職人たち」(ケント・ハートマン著 加瀬俊訳 スペースシャワーネッ

 トワーク)という出版物があって、4年前に和訳も出ていました。映画館で知り、

 その後に入手。今週始めに全て読み終えました。

  たいへん面白かった。ちょうどその頃、別の仕事で短期間に数冊の本を通

 読したばかりだったので、読み始める前にはあまり積極的になれなかったの

 ですが、全編スリルに溢れた描写の連続、しかも巧みな繫ぎ方に煽られて、かな

 りの文章量にも拘らず、あっという間に終えてしまいました。

  1949年から75年まで、ロス・エインジェルズ音楽産業黄金期の舞台裏物語に感動

 した、という事ですね。当然ながら映画よりエピソードが豊富で、わたしは今な

 おレッキング・クルー相乗効果後遺症に悩まされています。治療に行ったら国民健康

 保険、使えるかなあ。

  登場人物は映画と書籍でほとんど重なっていますが、活字版で鍵となって

 いたのは、この男でした。

 

M02,Be My Baby(2’40”)The Ronettes

-P.Spector, J.Barry, E.Greenwich- Rhil Spector Records 88697 612862

 

N 先ほども名前が挙がった異才、奇才、ポップ音楽の革命児フィル・スペクター、彼

 の最高傑作のひとつ「ビー・マイ・ベイビー」、ロネッツでした。書籍版には、ビーチ・

 ボーイズのブライアン・ウイルスンがこの決定的な1曲に打ちのめされる場面があります。

 新車を運転中にカー・ラジオから流れたこの曲を聞いた彼は道ばたに急停車して、

 こんなカッコいい音楽は自分に創れない、と自信喪失に陥ったたといいます。い

 い話じゃアーリマセンカ。

  今朝紹介している一冊「レッキング・クルーのいい仕事 ロック・アンド・ロール黄金時代

 を支えた職人たち」の巻頭には、かなり沢山の口絵が付いていて、それを見

 ながらあれこれ勝手な想像を巡らせるのも相当に面白い事なのですが、扉を

 開けてまず飛び込んで来るのが、録音セッションで鈴を振っているフィルの全身写真 

 なのです。これだけでも、フィルが鍵となっているのは明らかでしょう。

  この写真が、また素晴らしい。いつものようにサングラスで素顔を隠していま

 すが、これほど彼の実像を現している物は他にない、と思われる位に彼自身

 そのものです。上手く思い浮べられない方々も、この中のいくつかの章に何

 度も登場する彼の性格、素行にまつわる余話を読んで行けば、この説に頷い

 てもらえると信じます。

  フィルはヌウ・ヨークで希代のロック・アンド・ロール・プロデューサー・コムビだったリーバー・アンド・

 ストーラーの下で修行をしてロスに戻り、彼等から学んだ技にエゴとも表現出来る自

 身理想の音響を重ね合わせ、全く新しい音楽の形を創り上げました。その響

 きそのものが若者中心に喝采と共に受けいられ、西海岸の音楽を塗り替えて

 行ったのは事実ですが、「録音制作」業務の進め方では、もっと大きな影響を

 後世に残しました。

  それがプロデューサー方式です。それまでのプロデューサー、つまり制作責任者は現

 場から一歩引いた場所で日程と予算の管理をするのが仕事でしたが、フィルは企

 画立案から楽曲作成、演奏家、録音場所の手配、編曲の決定、現場での指示

 と取りまとめ、録音の仕上げ、報酬の支払いまで、そしてこれらに関わる雑

 用一式すべてを、企画意図に従って遂行したのです。

  基本的にはリーバー・アンド・ストーラーのやっていた「俺たちは楽曲を書いたんじ

 ゃない。レコ—ドを造ったんだ」を、自分なりに実践したのでしょうが、彼の場

 合はもっとプロデューサーの色が濃く出ていました。制作物はすべてフィル・スペクタ—・

 サウンドだったのです。

  演者として表に出ずに、裏方として自分の企てを実現させる録音制作、こ

 れが新しいロック・アンド・ロール時代のプロデューサーでした。彼がいなかったら、世界

 中のポップ音楽の歩みは、明らかに変わっていたでしょう。

  自分の代理人としてポップ市場に送り込んだのはガ—ル・グル—プが多く、その

 象徴が、今のロネッツだったのです。

 

M03.ダ・ドゥ・ロン・ロン(2’18”)ザ・クリスタルズ

-P.Spector, J.Barry, E.Greenwich- イーストウエスト・ジャパンAMCY-2205

 

M04.愛のチャペル(2’26”)ダーレン・ラヴ

-P.Spector, J.Barry, E.Greenwich- イーストウエスト・ジャパンAMCY-2206

 

N 「ウーララカー」とも聞こえてくるザ・クリスタルズの「ハイ・ロン・ロン」改め「ダ・ドゥ・

 ロン・ロン」、そしてディキシー・カップスのオリジナルをスペクター風に料理し直した「チャペル・

 オヴ・ラヴ」共に今でも聴き応え充分な作品でした。

  この響きは世界中から世代を超えて賞賛されました。また、先ほどつい力

 説したフィル・スペクターの制作方法は、一種の魔法のように電波し、ロスの制作環境

 とは別に、何人かの大物が独立したひとりのプロデュ—サ—として彼に仕事を依頼

 するようにもなって行きました。

  おそらくはガール・グループ好きの延長で出逢ったのでしょう、ビ—トルズのジョ

 ン・レノンも一時はフィルと深い仲で、自分の『ロックン・ロール』アルバムの制作を彼に委ね

 ています。ただし、元々が盗作問題の補償対策で制作が決まったこの作品は

 すんなりと完成せず、ロスで殆ど終った録音の後、事もあろうに責任者、つま

 りプロデュ—サ—のフィルがそのテイプを持って逃走し、結局その所在が不明となって、

 新たにヌウ・ヨークでやり直しとなりました。ただロス録音も多少は仕上げに残され

 たようで、正式ではないものの流通している参加演奏者のクレジットには、レッキン

 グ・クルーのハル・ブレインらの名前も見る事ができます。果たして、このトラックはど

 うなんでしょうか。

 

M05.Stand By Me(3’32”)John Lennon

-J.Leiber, M.Stoller, B.E.King- EMI 5099990650628

 

M06.Hey Little Cobra(1’56”)Rip Chords

-C.Connors, M.H.Connors- Sundazed SC 6098

 

N ジョン・レノン「スタンド・バイ・ミー」に続いては、リップ・コーズの「ヘイ、リル・コブラ」で

 した。大瀧詠一「コブラ・ツイスト」の原曲のひとつですね。

  コブラと言えば、テキサス生まれのキャロル・シェルビーという自動車狂がキャリフォーニャに拠

 点を移して造った米英混血のスポーツ・カー。65年には世界選手権を獲得していま

 す。当時西海岸では最もカッコイイ存在でしたから、このような歌も生まれたので

 しょう。排気量は小さい方でも4.7ℓあって、決して「リル」ではありませんけ

 れどもね。

  そのコブラの、「デイトナ・クーペ」という世界で6台しか造られなかった特別仕

 様車にフィルが乗っていたのは、有名な話。新刊の自動車雑誌には、アメリカ合衆国

 国定歴史遺産の自動車第一号に、元フィルの実車そのものが認定され、ここまで

 の生い立ち紹介でフィル・スペクター本人も登場していました。かつて現モーニン・ブルー

 ズを聞いてくれていた横浜の仏像彫りの師匠から「このク—ペが好きだ」とい

 うメイルを貰ったのを、わたしは覚えています。

  さて今の「ヘイ、リル・コブラ」は、西海岸で流行り始めたサーフ・ロックンロールのひとつ。

 比較的制作の簡単な音楽で市場は無限大でしたから、60年代中期にはフィル・ス

 ペクターのやり方を踏襲した独立プロデュ—サ—たちが、おびただしい種類のレコ—ドを

 粗製濫造しました。殆どが実体のない演奏集団で、出したレコ—ドが間違ってヒッ

 トすると、慌ててその辺の音楽好きを集めてグループをデッチ上げる事が、フツーに

 行われていました。

  そんなセッションで実際に演奏していたのは、レッキング・クルーのような、優れた演

 奏職人たちだったのです。日本ではエレキ・バンドの神様のように奉られている

 ザ・ヴェンチュアズもおそらく実際の録音はメンバ—だけではないでしょうね。

 

M07.十番街の殺人(2’21”)ベンチャーズ

-R.Rodgers- BMG BVC2 34010

 

N わたしが一番カッコいいと感じるヴェンチュアズ・ナムバー「十番街の殺人」でした。

 今こういう流れで聞いて行くと、自然とレッキング・クルーの仕事のように思えて来

 る、プロ的発想の非常に手慣れた演奏です。メロディに入る前のベイスの八双飛び、

 あれはレイ・ポールマンだと、何の根拠もありませんけれども、わたしには聞こえ

 ます。

  このトラックはかなり複雑な過程を通して造られたようで、中間部分のオルガン・

 ソロのように聞こえる音、あれが実は倍速再生のサクスフォンだ、という説は以前か

 ら根強くありました。そして当のサクスフォンを吹いていたのが、この男だ、と語

 られています。

 

M08.ソング・フォー・ユー(4’08”)Leon Russell

-L.Russell- ポリスター PSCW-1047

 

N ご存知、シェルタ—の尊師リオン・ラッセルの「ア・ソング・フォー・ユー」でした。彼はラッセル・

 ブリヂーズという本名でロス周辺の仕事をしていて、映画にも書籍にも何回か登

 場して来ます。ここからソングライタ—、プレイング・プロデューサーとして旅立って行き、

 ひとかどの人物になったわけですが、今の「ア・ソング・フォー・ユー」の録音は、

 楽曲売り込みのデモだったのではないか、ふとそんな気がしました。

  さて、レッキング・クルーは新しい響きで若者の心を捉えていただけではなく、そ

 れ以前からあったアメリカの主流をなす体制的音楽へも貢献していました。

 

M09.誰かが誰かを愛してる(2’47”)ディーン・マ—チン

-K.Lane, I.Taylor- ユニバ—サル UICZ-1435/6

 

M10.夜のストレンジャー(2’43”)フランク・シナトラ

-B.Kempfert, C.Singlton- ワーナー WPCR-12892

 

N アメリカ広域団体芸能部門を支えたふたりの看板歌手、ディーン・マ—チンの「誰かが

 誰かを愛してる」64年、そしてフランク・シナトラの「ストレインジャーズ・イン・ザ・ナイト」

 66年でした。

  これら2曲とも、書籍の中では吹き込み現場の様子が語られています。シナト

 ラの「ストレインジャーズ」では、最後にプロデューサーが彼にスキャットをやらせる箇所が面

 白かったですね。シナトラは3回くらいしか唄わないんで、調整室の緊張も極限

 状態。それが伝わって来ます。今のは一般的なテイクとは違う物でお聞き頂きま

 した。この後、もう一回唄ったのがオーケイ・テイクになったのでしょうか。

  次は更なる新時代を告げたヴォ—カル・グループとレッキング・クルーの名セッションを聞い

 て下さい。このエレキ・ベイスは、絶対にキャロル・ケイですね。タイコのフィル・インもどこか

 ハル・ブレイン的に聞こえます。

  「ダンシン・イン・ザ・ストリート」、ママズ・アンド・パパズです。

 

M10.Dancin’ In The Sreet(3’44”)ママス・アンド・パパス

-M.Gaye, I.J.Hunter, W.M.Stevenson- BSMF 7520

 

N ママ・キャスとデニ—の即興やり取りに聴き入って、次のトラックの頭まで進んでしま

 いました。失礼。

  モ—タウン女声グル—プ実力派筆頭、マーサとヴァンデラスの「ダンシン・イン・ザ・ストリート」

 が、ママパパのハ—モニ—で生まれ変わっていましたね。後半のどんどん形を変えて

 行く柔軟な発想、それを音にして行く技術、やはり彼等は別格です。このセッシ

 ョンは参加した誰にとっても、きっと楽しい事だったでしょう。グル—プで共同

 生活を実践していたという事もあり、彼等がレッキング・クルーのメムバーも含めてロス

 の音楽界に及ぼした影響はかなり大きかったようです。

  次も新世代のヴォ—カル・グループ、フィフス・ディメンジョンです。ジミー・ウェッブ作の、

 67年グラミ—受賞曲です。「アップ、アップ、アンド・アウェイ」。

 

M11.ビートでジャンフ(2’37”)フィフス・ディメンション

-J.Webb, – ワーナー WOCR-11314

 

N 「ビ—トでジャムプ」という邦題も何故か似合う「アップ、アップ、アンド・アウェイ」、

 フィフス・ディメンジョンでした。

  さて、レッキング・クルー相乗効果後遺症を煩っているため、どうしても話が長

 くなってしまいます。まだ9曲しか聞いて貰っていませんが、如何でしょう、

 前回と続いて少しは見えて来ましたか、60年代のロス・エインジェルズのレコード制作

 環境は。わたしも完全に全体像を見据えてからの紹介ではないので、手落ち

 偏り、端折りが付きまといます。お許し下さい。

  70年前後ともなると、ロックの基準が世界のさまざまな領域で確立され、商業

 的匿名演奏陣は肩身が狭くなり、かつてのようなトラ演奏だけでは済まなくな

 りますが、正しく美しい音楽は不変でした。この時代に、「レッキング・クルーのい

 い仕事」は、正当に全世界に知れ渡るのです。それはカーペンターズのたくさんの

 ヒット曲を通じての事でした。

  書籍では、この兄妹のデューヲが誰にも否定をさせない音楽で、人々の心を捉

 えて行く過程が描かれます。これは二人の資質、個性の他に、バート・バカラック、

 ハル・デイヴィドを始めとする高度な感性と技術の作家陣、フィル・スペクターが具現化

 した録音ミクス方法、そしてレッキング・クルーの類い稀なる、瞬間的で深い理解に支

 えられた表現が絡み合って生まれた、見事な釣り合いの結果といえるでしょ

 う。彼等にとっても、自分たちの仕事が自然に正当に評価される機会となり

 ました。

  カーペンターズ大旋風の後、音楽の世界ではその反動なのか、パンクやヒップホップ等

 の、正しく美しい音を拒絶する価値が持て囃されるように行きます。これは

 ポップ音楽の大きな転換期でした。また電子技術の導入で録音機材、ステューデイオ

 設備、録音方式の変わり様も、想像を遥かに超えて進んで行ったのです。

  物語は、1992年にフィルが久し振りに行った録音セッションで、彼自身がその変化

 に対応出来ず頓挫、結局中止となってしまうという寂しい話で終ります。

 この行りを読んでいる時は、「ホテル・キャリフォーニャ」を耳元で唄われたような気分

 になりました。読み続けて来た興奮も、心の中を吹き抜けた虚ろな風と共に、

 冷え込んで行ったのです。

  あの頃の素晴らしかった音楽は、時代の彼方に遠ざけられてしまったので

 しょうか。

  いいえ、決してそんな事はありません。今も、2016年3月26日の朝、こ

 うやってあの頃のいい音楽を、あなたは聞けているじゃアーリマセンカ。

 

M12.We’ve Only Just Begun(3’04”)Carpenters

-P.Williams, R.Nichols- A&M CD-3607-

 

M13.Yellow River(2’31”)Elton John

-J.Christie- Pヴァイン PCD-2651

 

N さて、1970年が続きます。今のは「イエロー・リヴァ」。どなたもご存知ですね。

 確か決まったステップがあった筈ですよ。大して音楽を好きでもないナンパな級友

 がどこかで覚えて来て、目の前で踊ってくれた事があります。

  今唄ってたのが、なんとエルトン・ジョン。先週お届けした「恋のゲイム」と同じ

 アルバム『リジェンダリー・カヴァズ』の中の1曲です。これには驚いた。すると、更

 に驚き。こんな歌も採り上げているんです。

 

M14.She Sold Me Magic(1’56”)Elton John

-L.Christie, H.Twyla- Pヴァイン PCD-2651

 

N ルー・クリスティの「魔法」ですね。このヒットの頃、自分の周りの人間が、歳のせい

 でしょうか。妙に洋楽曲を聞き始めて、いつも話題にしていました。これな

 どその代表でしたね。ファルセト—のヴォ—カル・リフレインのほか、全編に漂うノヴェルティ感

 覚が受けたのでしょう。その中で「俺はもうそんなのはとっくに卒業して、

 別の音楽聞いてんだよ」、とひねくれていたのが、若き日のワツシイサヲでした。

  さて、この『リジェンダリー・カヴァズ』は、おそらくエルトンのヴォーカリストとしてのデ

 モ作品ではないでしょうか。だからソングライタ−として売り出したのに自作曲がひ

 とつも入っていません。非常に安易な、その頃流行っていたものを手当り次

 第に唄ってみた感じです。そして、この頃クリーデンス・クリアヲーター・リヴァイヴァルがイギ

 リスに紹介されたか、セッション場所にベスト盤がたまたまあったんでしょうか。「コト

 ン・フィールズ」、「トラヴェリン・バンド」、「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」という節操な

 く選ばれた3曲も唄っています。アレンヂもすべて原曲通りなんだけど、ギターが

 下手でね。ちっともクリーデンス的になりません。可哀想です。

  それでもエルトンがそれぞれオリヂナルを意識した唄い方をしているのが面白く、

 「このくらいなら、すぐ出来ますよ」って余裕が感じられます。もちろん上

 手いのは、充分に伝わって来ます。この幅広いリパトゥワを全てそれなりにこな

 せる人間はそう多くはいないでしょう。

  総じて大した内容ではないのですけれど、某所にて耳にして以来、欲しく

 なり探したら、なんと国内でも発売されていた、というオチでした。これには

 後日談がありますが、音楽に戻りましょう。

  これも当時ロンドンで流行っていたんですね。なかなか好ましいなぞり方です。

  「ヤング、ギフテド、アンド・ブラック」。

 

M15.Young, Gifted And Black(3’02”)Elton John

-N.Simone- Pヴァイン PCD-2651

 

N エルトン・ジョンの『リジェンダリー・カヴァズ』から「ヤング、ギフテド、アンド・ブラック」で

 した。さてすっかり1970年に戻ってしまいました。モーニン・ブルーズはナツメロ番組

 ではありません。新しい音楽も紹介しましょう。

  1ヶ月ほど前に一度聞いて貰いましたね。バーズ・オヴ・シカゴ。ジョー・ヘンリー

 制作の最新アルバムが、昨日発売になっています。これを聞いて興味が湧いたら

 ぜひどうぞ。とても気持ちのよい仕上がりです。

  今朝は「カラー・オヴ・ラヴ」。

 

M16.Color Of Love(3’27”)Birds Of Chicago

-unknown- BSMF 6079

 

M17.Every Breath You Take(4’30”)Cara Matthew

-Sting- BSMF 6079

 

N バーズ・オヴ・シカゴの「カラー・オヴ・ラヴ」に続けたのは、白人女性カ—ラ・マシュウ

 のカヴァ集になっている新しいミニ・アルバムから「見つめていたい」でした。原曲

 は、ポリ—ス後期のシングル曲でした。こちらのヴァ—ジョンは、何気なく流しておく

 と自然にその場の空気が柔らかくなる効能がありそうです。演奏も良かった

 ですね。

  そしてもうひとり女声を紹介しましょう。こちらはまた改めて紹介します

 が、ワツシ大いに気に入っています。既にキャリアがあって、5年振りのアルバムだそう

 です。わたしには初めての出会いでした。

  なんとあのジョニー・テイラーの娘。特に父親を感じさせる部分はなく、自由に、

 自分なりに、今のブル—ズやR&Bを唄っています。北米黒人の同時代音楽には

 絶望しているわたしが、「いいな」と正直に感じました。まずはご挨拶代わり

 です。聞いて下さい。

  「フィールズ・ソウ・グッド」、タ—シャ・テイラー。

 

M18.Feels So Good(3’59”)Tasha Taylor

-unknown- BSMF 6079

 

M20.God Is Standing By(4’28”)Johnnie Taylor

-J.Taylor- Stax 33CD-4432-2

 

N 娘の成功を祈って、あの世からお父様が出て来ました。ジョニ—・テイラー自作の

 「ガッド・イズ・スタンディング・バイ」、コロムビア時代の再吹き込みです。かなり甘く

 仕上げられていますが、やはり良いですね。聞き惚れてしまいました。この

 時代、あまりこの種の歌は採り上げていなかった筈です。「ディスコ・レイディ」の

 頃ですからして。同じ頃の未発表ゴスペルがあったらもっと聞いてみたいな。

  さて、レッキング・クルーに時間を使ったので、『レイディオ・ゴールド』から今朝は2

 曲ということにしておきます。でも、キョーリョクですよ。

  まず、これはどうだ。

 

M21.Witch Doctor(2’27”)David Seville

-R.Bagsasarian- ACE CDCHD 557

 

N 十年程前でしょうか、クラブ系のミックスでカヴァされてましたから、若い方もご存

 知かも知れません。正式には「ウィッチ・ダクタ」という題名です。呪い(まじな

 い)師という事になるのでしょうか。わたしには女祈祷師に思えますが・・・。

 ノヴェルティ・ソングの典型ですね。デイヴィド・セヴィルという芸人名義で‘58年には

 全米で1位を記録したヒット曲です。このデイヴィド・セヴィルというのは、どうや

 らモーニン・ブルーズの人気者、チップ・マンクスの親御さんらしいのですよ。この時は

 まだ倍速音声に名前は付けられていませんが、この後、山奥でリス3人組が

 結成されたようなのです。もう少し調べておきますね。

  しかし、この歌を先のヴァージョンでなくて知っている、という方も多い筈で

 す。何故ならば、62年頃かな、日本で放映されていたテレビ映画「三馬鹿大将」

 の主題歌だったのです。正確には「主題歌と同じだった」と言えばいいかな。

 「あなた出番です」の主題歌が「エンジョイ・ヨー・セルフ」だったのと同じように、

 国内の創作楽曲として登録されていた盗作ですね。

  「三馬鹿大将」は30分番組。個性豊かな3人のキャラクタ—が起こす大騒動。森

 永製菓の提供でした。後年ヴィディオを手に入れた事があります。この頃は気に

 入った番組の主題歌を覚えているのが当たり前。「三馬鹿大将」もその例に漏

 れず。なかなか印象的な音楽でして、歌詞は諳んじていました。

  今でも唄えます。やってみましょう。あなたも「ウィッチ・ダクタ」に合わせて

 どうぞ、ご一緒に。倍速音声の被る部分です。サン、ハイ。

 

  ウッヒッヒ ヘンチクリン ヘンチクリンのドンピカドン

  ウッヒッヒ ヘンチクリン ヘンチクリンのドンピカドン

 

  ピッタリ合うでしょ。完全な盗作、いや流用ですね。カヴァだ。問題化しなかっ

 たのかな。テレビ主題歌はこの後に、

 

  ラリーだ、モーだ、カーリーだ おとぼけ3人いつでもそろって

  ウッヒッヒ ヘンチクリン ヘンチクリンのドンピカドン

  おいらは三馬鹿大将だ

 

  と続きます。ラリー、モー、カーリーというのは、三人の馬鹿者の名前です。これと

 チップ・マンクスが繋がっていたのは知りませんでした。世の中、面白いですね。

 

 『レイディオ・ゴールド』からのノヴェルティ・ソングズ、まずは「ウィッチ・ダクタ」、デイヴィド・

 セヴィルでした。

  呪い師が出てくれば、もうひとつのノヴェルティ・ソングはもう決まりです。

  「お前に呪いをかけてやる」、真打ち登場、スクリ-ミング・ジェイ・ホウキンズ。

 

M22.I Put On Spell On You(2’28”)Screaming Jay Hawkins

-Jalacy Hawking- ACE CDCHD 810

 

N いつでも大迫力のスクリ-ミング・ジェイ・ホウキンズで「お前に呪いをかけてやる」で

 した。

  さて再びレッキング・クルーの働いていたロスに戻りまして、おしまいにもう一人、

 彼の地の重要人物、ジミー・ウェブにも触れておきましょう。作詞作曲家として

 彼がロスの音楽界の地位向上に貢献したのは動かせない事実です。彼の書いた

 歌は西海岸の若者だけでなく、全米、全世界で全世代に受け入れられた訳で

 すから。何と言っても’67、’68年に連続して「フェニクスに着く頃までには」「ウイチ 

 タ・ラインマン」「ビ—トでジャムプ」とグラミ—を受賞したのは大きかったですね。これ

 は何度も一緒に録音作業を共にしたレッキング・クルーにとっても名誉な事だったの

 は言うまでもありません。

  イギリスの俳優リチャ—ド・ハリスの唄で68年に発表した「マカ—サ—・パーク」も大事な

 作品でした。仕上がった時、7分を超えるその長さに有力ラジオ局から注文が付

 いたのですが、ジミー・ウェブは編集を拒否。結局そのままの形で発売され、大

 ヒットして大円団となりました。

  では、ジミー自身が2013年に作った自作自唱歌集『スティル・ウズイン・ザ・サウンド

 オヴ・マイ・ヴォイス』から、お聞き下さい。

  「マカ−サー・パーク」

 

M23.マッカ—サ—・パーク(7’19”)ジミー・ウェッヴ

-J.Webb- ビクター VICP 75109

 

M24.Reason For The Tears I Cry(3’56”)Vins Gill

-V.Gill- MCA Nashville 060254764738

 

 

後TM:ボーン・イン・シカゴ(アサー仕様)P.B.B.B.

 

N ジミー・ウェブの「松笠公園」自唱版でした。最後に絡んで来るヴォーカルが、ブラ

 イアン・ウイルスンです。多分最初にリチャ—ド・ハリスに聞かせた時も、この声でこんな風

 に唄っていたのではないでしょうか。グレン「スカと爽やか」キャムベルを世に出し

 た「ウイチタ・ラインマン」や「フェニクスに着く頃までには」も、節回しそのまんまです

 ね。繊細で弱々しいのですが、何故か想像を拡げて行く旋律です。数々の名

 唱を生み出した理由はここにありそうです。

  この「松笠公園」はドナ・サマーのダンス物で知った人が殆どかと思われます。

 わたしは何と言ってもフォー・トップスですね。リーヴァイの泣き節が冴え渡ります。

 オリヂナルのリチャード・ハリスのヴァージョンは記憶にないなあ。どこかで、「ああこれか」

 なんて耳にした憶えがあるんだけど、フォ—・トップスの印象がなにしろ強烈で、

 心に届かなかったようです。今ならどうでしょう。ぜひ聴きたいですね。

  最後はヴィンス・ギル、まだまだ魅力は薄れません。「俺の涙のその訳は」改め

 「俺の涙にゃ理由(ワケ)がある」。依然として美樹克彦調です。先週某歌謡曲

 番組を見ていたら、結構有名な1曲が彼の作品だった事を知りました。なん

 て歌だったかな。ビーサが出てくれば、誰でも知っているはずのあの歌です。

  美樹克彦は若い頃から自作してましたからね。本名目方誠、メカタマコトです。

 それを見て「こいつは秤屋の息子だ」、と言った人間がいました。他には中日

 のガイジン助っ人、ロ—ン・ウッズ外野手の契約金はゲップだ、なんてね。頭良かっ

 たけど嫌な奴で・・・あ、全然関係ないですね。

  今朝の特別付録は、以下の隠し場所です。どうぞお楽しみ下さい。

http://firestorage.jp/download/235475f30038237499e7c700f8f45244c3567c76

ダウンロードパスワード ctk1zhjt

  音楽誌「エリス」の最新号が公開されています。 http://erismedia.jp/  ここか

 ら入れば読めます。どうぞお楽しみ下さい。まだ何のネタもないのに、もう次

 号の締め切りを決められて困ってます。わたしは原稿提出がかなり遅い方な

 のですが、もうひとり井上ひさし並の遅筆家がいましてね。毎号、お互い自

 分がビリにならないように牽制し合っております。エリスでは初夏にちょっとし

 た生催事も企画中。オノーノガタ、ジョーホーシューシュー、抜からぬよう。

  先週もお知らせしたワトゥーシ・イン・パースン。ここの家主の澤田修とのDJ合戦で

 す。人前では初顔合わせですし、共有領域が非常に少ないのですが、ワツシが面

 白くいたしましょう。

  『Mornin’ Blues Reunion – 春爛漫同窓会』

 日時   4月23日(土)

     オープン/16:45 スタート/17:00

DJバトル  17:00 – 18:30

     懇親会    18:30 – 19:30 (軽食1ドリンク付)

     *終了後は通常のカフェ営業となり、そのまま飲食できます。

 会場   マルメ/中目黒

     東京都目黒区青葉台1-15-2 AK-3ビル 1F

     http://tabelog.com/tokyo/A1317/A131701/13139643/

     椅子席30+立ち見

 参加費  ¥4,000.- (懇親会込)

申し込み先 wind_event@me.com  

 詳細は、以上の通り。表記はすべて主催者発表のものです。「同窓会」なのに

 「バトル」とはこれ如何に。

  既に予約して下さった方、ありがとうございます。投稿欄に、予約したら

 「15番」だったというお便りを頂きました。意外と低調ですね。全国9万人

 の重度聴取者のみなさん、こぞって応援に来て下さい。お願いします。こち

 らも予定していた武器弾薬は先週末におーたか、いや大方調達出来ました。

 死の商人への発注が集中して慌ただしかったですが、でもほぼ期待通り。皆

 さまにはきっとお楽しみ頂ける筈です。早くいい音で鳴らしたいなあ。この

 日は家主への遠慮なく戦います。負けないぞ。聖夜の雪辱だ。

  突然ツイターやフェイスブックを始めたので驚きの方も多い事でしょう。ただわたし

 はこの世界を全く知らないので、戸惑う事ばかりです。まともな挨拶も出来

 ず、画像の掲示に4時間もかかる程です。今後いろいろ失礼があるかとも思

 いますが、馴れるまでしばらくの間お許し下さい。それに、みなさんとはこ

 こでお話してるものねえ。それにしてもわたしの知らないアカウント、あれは何だ。

  急に始めたのには、ヴィンス並の理由(ワケ)がありまして、それは・・・、

  あ、今朝もちょうど時間となりました。

 こちらは、http://osamusawada.com/category/mornin-blues-by-isaowashizu/

 「幻」モーニン・ブルーズ、鷲巣功でした。来週もあなただけに。

 

 s-mb160326写真図版

    • ちびえ
    • 2016 3/26 3:30am

    ヴィンス並の理由…ってなに?なに?なに?

    • osamu sawada
    • 2016 3/26 4:41am

    大家です。
    最近、【幻】のページの文字を大きくしたり、いろいろ試行錯誤しておりましたが、今回はスムーズに更新できたはずです。頻発していた更新トラブル、お騒がせしました。

    さて、
    『Mornin’ Blues Reunion – 春爛漫同窓会』、鷲巣師匠が既に準備万端な中、ワタシはなーんにも準備しておりません。何をかけたらいいのかさっぱりわからないので、今度鷲巣邸に侵入してネタを探ろうとおもっております。
    それでは素晴らしい週末を!

    • プロフェッサー ロンゲ
    • 2016 3/26 2:53pm

    さあ!お花見? ))がっかり(( まだ外は寒いね

    大家さん 間借り人さん こんにちは。
    昨日まで週末から今年のお花見解禁とはりきっていましたが
    なんでしょうか?この寒さは。ほんの少し雪もちらちらした
    ようですよ。
    なので今日はお家で暖房いれてじっくり幻を楽しみます。
    ファイルはDL済みですがその前に今朝放送された「週末陽光」
    の録音を聞きながら更新されたテキスト読んでます。

    「レッキング•クルー」の情報ありがとうございます。
    あ〜見逃してしまったと思ってたところにリトライのチャンス
    が来ました。(春•ブレインの太鼓見てみたいもん!)

    読み進むうちにふとM19が無いのに気がつきました。
    テイラー親子の深い溝?
    18と20の行間に置かれた鷲巣さんの暗喩を読まねば。

    さてさて音楽は高くて厚い壁のロネッツで始まり始まり。
    大家さんがんばってネ。家宅侵入捜査報告も是非。
    チャオ!!

    • 45949 taxi driver
    • 2016 3/26 7:08pm

    鷲巣さん 大家さんのおかげで幻のモーニング・ブルース楽しんでます。4/23は残念先約があり、うかがえません。最低年4回の開催を希望します。

    • クリやん
    • 2016 3/27 11:36am

    毎週、【幻】をありがとうございます。
    ここ数回の別冊付録は順調に入手できております。重ねて御礼を申し上げます。
    このところ、音壁や瀑布の曲をよく聴いていましたので、今回も、非常に興味ワクワク、楽しみました。ありがとうございます。
    大家さんと店子さんの、目黒川近くでの長屋の花見(?)は、楽しみです。まだ予定が立ちませんが、できるだけ参加したいと思っています。

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